何かとつけて
世間は私たち大学生に自立を促してくる
基本的には
当事者意識、他者依存、利他利己、社会的責任、権利、成長、目標、生産性、パーマメント、アウトプット、マーケット、ビスケット、ペット、トマトetc…
などこれらの要素を配列化し
依存することがあたかも悪であるかの如く
熱弁してくる
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そのような話を
バカのようにメモし
共感し崇拝した結果…
大学で孤高(ぼっち)となったのが…
私である!!
だが私の考え方は
前向きだった
なぜなら他者の影響を受けないからだ
例えば
昼ご飯に私がカツ丼を食べたいとしよう
だが私の取り巻きたちは今日はラーメンが食べたいと言う
ここから
カツ丼VSラーメンの戦争が始まるのだ
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考えられる手打ちの手段としては
①じゃんけんで決める
②カツ丼一派とラーメン一派で内部分裂させ別々に食べる
③カツ丼の素晴らしさを熱弁し相手を説得
④お互いに譲歩し弁当を買いに行く
⑤全力で抵抗する….拳で!!
⑥賄賂を使う
など様々である
だがよくよく考えて欲しい
一回の食事にこれだけの手段を考え
実行するための労力を使わなくてはいけない
しかも皆が食べ終わるまで
決して帰ってはならないのだ
なんともムズムズする時間だ
他にも様々な人と行動するとき
それぞれの好みや意見が合致することなど稀なのだ
その度に
誰かの案が却下され虐げられるのである
ここまでくれば
わかっていただけるだろうか
常に友達として依存することで
いつのまにか
友達が友達の意が薄くなっていくことに
だから私は他者依存しないでいくのダ!!
ハハッハッハハハっはh~
と考えていたが
違和感に気づく
今、私の手元にある
苺大福は私が作ったものだろうか?
否、これは今さっきファミマで129円で購入した苺大福である
違和感の正体はこれだ
果たしてこの苺大福を食べることは
他者依存にならないのだろうか
私はこの苺大福を製造している
山崎製パン株式会社となんの信頼関係も持ち合わせていない
では
この中にあるだろう苺を作っている
栃木?福岡?在住の谷繁(仮)さんとは知り合いなのだろうか
いや顔さえもわからない。
ならこの記事を書いている
部屋、机、パソコン、着ている服は?
なんなら自分の体でさえも
ドクターゲロのように
人間から自分で人造人間になって生まれ変わる以外に
親と言う存在に依存してはいないだろうか
だが
私は諦めない
なんせ
今をときめく誰もが
自立を促すんだ
間違えているはずがない
この難題に抵抗してやろうではないか
先天的なものはどうしようもないとすると
考えられる唯一の依存に対して抵抗する手段は
寝続けることである!!
何も食べないし動かない
トイレも行かない
ひたすら動かない
そうすれば
依存しているのは
自重を支える床と酸素を供給してくれる空気のみだ
この活動を初めて12時間後
目が覚めた
だが私は動かない
これは抵抗なのだ決して動かない
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だがそこから3時間経つと
いよいよ暇になってきた
さらにお腹も減ってくる
なんだか喉も乾いている気がする
さらに1時間経つと
なんだか眠くなってきたので眠りに落ちる
そしてまた目が覚める
時計を見ると昨日寝た時間から計算して
20時間経過したことになる
体を伸ばしたいと欲が出てくる
いつまでこの状況なのかと不安がよぎる
そしてそこから1時間後
アホらしくなり起きる
そして一人でご飯を食べに行き
こう考えた…
「なんて無駄な一日なのだろうか」と
結論から言うと
私は
苺大福もラーメンも
もちろんカツ丼も食べたい
全部大好物だ
依存関係などを気にしすぎて
行動範囲を狭めるようなことはするべきではないと思った
むしろ逆で
他者依存していることを
より認識して
それを支えるお金や依存対象者に対して感謝することが大事だと思った
なにしてんやろ…