Why study ?
The more I study
The more I know
The more I know
The more I forget
The more I forget
The less I know
So why study ?
これは、先生がOxford大学で購入したマグネットに載っていた格言です。
引用元はわからなかったのですが
知る人ぞ知るって感じでしたね
そこで、今回はこの問いに対して自分なりの答えを考えます。
まず、この問いは
もっと勉強する
もっと知る
もっともっと知る
そうすればもっと忘れる
もっともっと忘れる
結局たいして知らない
それならなぜ勉強をする?
意訳がすごいけどニュアンスはこんな感じでしょう
確かに小学生の時に勉強して
頭に残っているのは「クラムボン」ぐらいしかありません
しかも、先生がどのような解釈をしたかの記憶は皆無です。
今、読んでいる本に関しても
半年後にサブタイトルを覚えていたら上出来でしょう
そんな記憶力に乏しい私たちはなぜ知識を得ることをやめないのか
言われてみればおかしな話である
そこでこれに答えるためにこんな考え方はどうだろう
野球の打撃練習において
その練習自体には価値はない
例えば人間の体で鳩の脳を持つ生物に
打撃練習をいくらさせたところでいっこうに遠くに飛ぶことはないだろう
だが、人は学習する
速い球、遅い球、曲がる球、落ちる球に練習により対応していくのだ
つまり、言いたいことは
練習でいつどのような球を打ったかは然程
重要ではなく数々の判例に基づいき構築した
打つためのシステムこそが重要なのではないかと考えた
すると勉強から得る知識は然程
重要ではなくそれを得た時にどう考えるか、感じるかと
それを得たことによって次に何を得るべきなのかを
想像するシステムこそ重要である…
という結論にたどり着きました。
多分この問いは多面性を持っているので
様々な回答ができると思います
例えば、正義の基準,生きていくためetc…
最近、生涯学習などの言葉もよく耳にしますが
なんのために勉強するのかは早い時点で明確にしておく必要がありそうですね
私の意訳のニュアンスがおかしかったり、「私の回答はこうだ!」という方がおりましたら是非教えてください。
デハデハ
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